肩が上がらない(五十肩)

一人ひとりの病態を把握し、理学療法を駆使して治療

「五十肩」とは、その名のとおり50歳代で起こる肩の痛みです。40歳代の頃に起これば「四十肩」と言われます。「五十肩」の由来は江戸時代の俗語とされています。昔は長生きすると老化とともに現れたため、「長寿病」とも呼ばれていたそうです。外国でも悩まされている人が多いことから似たような表現があり、「frozen shoulder」=「凍りついたように動かない肩」と呼ばれています。日本語では「凍結肩」と呼ばれることもあります。
「肩の痛み」=「五十肩」と捉えられていることも多いですが、これは違います。肩の動きが悪くなることが「五十肩」の条件で、痛いだけの場合には、首の病気など他の病気を疑う必要があります。定義上の「五十肩」は、「明らかな原因がなく、疼痛と可動域制限を伴う状態」とされていますが、実は肩の可動域制限を起こす原因には様々なものがあり、多くの病態・診断を含んでいて、突き詰めればその病態像がはっきりしてきます。

肩関節の構造と原因

肩周囲の靭帯など

図 肩周囲の靭帯など

小さな関節の凹面

図 小さな関節の凹面

肩関節は、図示したように複雑な構造をしていますが、肩の特性として「動く範囲が体中の関節の中で最大である」ということが挙げられます。その反面、肩関節は体の中で最も脱臼が多い関節でもあります。この理由は、関節の構造において受け皿である凹面の関節面が膝や股関節に比して著しく小さく、安定性に欠くからです。したがって肩の安定化には、筋肉や靭帯・関節包の役割が他の関節より大きくなります。
しかし、筋肉や靭帯・関節包は骨や軟骨に比べて不安定であり、外傷や加齢による影響を受けやすく、容易に炎症・癒着を引き起こします。このことが肩の関節の動きを悪くする大きな原因となります。
五十肩の詳細な病態・病名
上腕二頭筋長頭炎:
肩の前面の疼痛、力こぶの筋肉の腱鞘炎です。野球やゴルフなどのスポーツや重量物の挙上動作で起こりやすいです。
肩峰下滑液包炎:
滑液包は肩峰(鎖骨の先端)と上腕骨の間にある水枕のようなもので、運動時の摩擦を軽減しています。この部位は、特に血管や神経が多いところで、軽い炎症でも疼痛が現れやすいです。
腱板炎・腱板損傷:
腱板は上腕骨を回旋させたり、肩の安定化に関与する大切な筋肉になります。転倒して肩を打ったり、手をついて腱板が損傷、断裂すると手が上がらなくなります(他の肩の代償機能で上がるようになることもあります)。腱板という筋肉は、加齢に伴う退行変性を起こしやすく、60歳以上の方々の約40%は、なんらかの損傷や変性を起こしているといわれ、「五十肩」の一番の原因となっています。
石灰沈着性腱板炎:
安静時、疼痛が現れます。レントゲンで判明します。薬物療法が効果的です。
インピンジメント症候群:
肩を動かすと痛み、雑音を感じる、引っかかるなどの症状が現れます。筋肉の緊張の亢進が起こったときに出現しますが、特にスポーツや肉体労働で長年肩を酷使してきた人に多く見られます。
「五十肩」には上記で述べたように様々な原因がありますが、その病態に応じた治療が必要になります。
例えば、石灰沈着性腱板炎などは腱板に強い炎症があり、理学療法などに反応しにくく、数少ない痛み止めなどの適応になります。通常、痛み止めの使用によって数日で痛みは軽快しますが、中には長期間の加療が必要な場合もあります。この場合、なぜ腱板に石灰が起こったかを考える必要があります。そして、このアプローチでは全身を考慮する必要があり、漢方・分子整合栄養医学的な考察となります。
インピンジメント症候群の場合、肩から頸部、そして体幹、股関節などの筋肉の緊張をほぐす必要があり、理学療法が効果的であるといえます。また、腱板損傷に関しては肩が上がらないため、他院では手術を勧められるケースも多いようですが、当院では無理さえしなければ、ほとんどのケースで肩が上がるようになるといえます。これも理学療法、漢方・分子整合栄養医学的な治療が必要になります。そこで以下では、「五十肩」の治療で中心的役割を果たす理学療法に関して解説を加えます。

「五十肩」に対する理学療法

肩の関節は球状になっており、体の中で最も大きく動くデリケートな関節です。腱板と呼ばれる細かな筋肉や靭帯腱などで肩甲骨とつながり、肩甲骨の動きに伴って手の動きや固定を行います。痛みや運動制限によって肩を使わないために腱板の筋力が低下したり、無理に挙げようとして体全体を傾けたり、肩甲骨をすくめるようにして挙げたりします。このために肩と肩甲骨のバランスが崩れ、別の部位が痛くなったり、動きにくくなったりしてきます。
1.姿勢の確認痛みや運動制限のために、猫背になったり、逆に背中を反りすぎていないかなどを確認します。
2.全身の柔軟性の確認首の筋肉まで柔軟性が低下し、横に倒したり、回したりする動きについても低下していることが少なくありません。骨盤を前や後ろに倒す(前後傾)動きや、股関節を内や外に回す(内外旋)、伸ばす(伸展)動きが低下していたり、肋骨や背骨まで動きが低下していることがありますので、これらについても確認します。
3.肩甲骨の動きを良くする
肩甲骨は、肋骨の上を上下に回旋したり、前に出したり、背骨に近づけたり、すくめたりするなど、手と協調して動きます。また荷物を持つときは、肩甲骨は固定されます。このように肩甲骨は、手を上げる動作では非常に大切な骨です。

この肩甲骨には、背筋や僧帽筋(肩をすくめる筋肉)、菱形筋(肩甲骨を背中にひきつける筋肉)など、多くの筋肉がついています。無理して手を上げていると、このような筋肉が異常に働き、肩以外の部位に痛みやだるさなどが出現します。ひどい肩こりで来院された方の原因が「肩が上がらないために、代償で肩をすくめる動作をしていたから…」というものだったこともあります。

背筋も重要です。背筋は骨盤からついている筋肉ですが、痛みや手を上げる動作で過剰に働き、休むことが少なくなって過緊張の状態になっていることが少なくありません。こうなると骨盤の動きが低下し、骨盤の動き(前後傾)が低下すると、大腰筋という足の骨から腰の骨についている筋肉の柔軟性が低下します。これによって腰や骨盤の動きが低下し、余計に上半身を使い、肩甲骨周囲の筋肉が硬くなるという悪循環に陥ります。

当院では、「肩甲骨はがし」と呼ばれる「肩甲骨の内側を肋骨から離す」手技を用いますが、これは上半身だけの筋肉や関節だけのアプローチでは困難なものです。人間の体は、すべてがつながっています。肩が痛いからといって、肩だけを治療しても回復困難な場合が多いといえるのです。

4.いわゆる「肩関節」の治療
いわゆる「肩関節」の治療
この図は、肩に関わる関節の一部を示したものです。いわゆる「肩関節」ですが、肩そのものが複雑であると同時に、様々な部位とつながり、空間で自由に動かせるようになっていることが理解できると思います。
肩の治療で大切なことは、どのようなときに、どこに痛みが出現するか、運動範囲はどれくらいかなどを詳細に確認することです。事前に肩甲骨や骨盤、股関節の動きを把握したうえで、他の部位(腰や背中など)の筋肉をもみほぐし、肩の状態を確認しなければなりません。痛みや運動範囲の程度は、患者様一人ひとりで異なります。ありきたりの関節可動域訓練や肩の筋力トレーニングでは、なかなか治癒しにくいものなのです。
5.筋力トレーニング
腕が上がらない原因として、腱板の筋力低下があります。筋力を向上させるために、チューブなどを使った腱板トレーニングがポピュラーに行われています。「痛みが出現しない範囲で、徐々に行ってください」などと言われて、一生懸命がんばっている方も多いのですが、本当に筋力はついているのでしょうか。特に慢性の疼痛で悩まされている方々は、疼痛による防御反応で筋肉が過緊張したり、動かさないように弛緩した状態です。また、痛みが増強しないのかなど心理的にも不安な状態です。代償動作も身についていて、余計な部位に力を入れることもあるでしょう。痛みの状態や心理的状態を確認しつつ、正常な筋肉を刺激しながら、筋力トレーニングを行う必要があります。
6.ポジショニング
夜間痛は患者にとって大変な苦痛です。睡眠は、使用された人間の臓器を回復させるために大切なものです。夜中の1時から2時頃に成長ホルモンが分泌され、各種の修復をしているとされますが、この大切な時間に、激痛で目を覚ます、そして痛みで眠れないという悪循環を起こしている人は少なくありません。
こうした方々には、まずは安心して寝る姿勢を指導いたします。また、寝るときに「手の置き場がない」という人が多いため、痛みの出現しない姿勢や寝方も指導いたします。具体的には、タオルケットなどを抱き枕の代用とし、痛めた側の腕を上にした横向きの姿勢を取ります。横向きの姿勢は不安定な状態ですから、体が安定して手がリラックスする状態を探し、バスタオルなどを使って肩を腕の位置を調整します。仰向けでは、痛みで肩甲骨が持ち上がり、血管や神経に富む部分にストレスがかかるため、疼痛が出現してしまいます。ポジショニングは、この部分に過度なストレスがかからないようにする方法です。
7.自主トレーニング
自分で行う筋力トレーニングやストレッチは非常に大切です。その手法を示したパンフレットなどを配布して実施している医院も少なくありません。しかし、なかなか継続が困難なようです。その理由は、数が多すぎること、そして効果がないと続かないことにあるようです。そこで当院では、効果のある自主トレーニングを、ひとつひとつ行ってもらうようにしています。


これらの理学療法は常に無理やり肩を拳上させたりするようなことはせず、動く範囲内で行うことが大切です。無理に動かせば治療が逆効果になりかえって動きが悪くなることが良くあります。
肩の動きを良くするためには漢方・栄養療法は効果を期待できます。
漢方治療では病態に応じて方剤をけってしますが、おおむね血虚、脾虚などが頻度的には多いようです。
栄養学的にはビタミンB,C、鉄、タンパクが足りない方が多いようです。

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