野球の投球動作は、下肢から始まる重心移動が体幹から上肢へと連動する全身運動です。一連の運動連鎖に問題が生じると、ボールスピードやコントロールなどのパフォーマンスが低下するとともに、これを補正するために肩関節や肘関節に過剰なストレスが加わり、障害を引き起こす原因となります。投げる動作において、肩関節は下肢・体幹からの伝達エネルギーを肘関節へ、肘関節は肩に伝わった伝達エネルギーを手へ伝達するうえで非常に重要な役割を果たしています。そのため、投球障害における肩関節痛や肘関節痛では、下肢や体幹から大きな影響を受けており、その評価においては、股関節・体幹・肩甲帯の状態も考慮する必要があります。
ここでは、野球肩・野球肘を中心に、スポーツ動作におけるいくつかの障害を取り上げ、肩関節・肘関節へのストレスが、どのように肩・肘の障害発生に関与しているかを紹介します。
- 投球動作は、一般的にワインドアップ期、コッキング期、加速期、減速期、そしてフォロースルーの5期に分けられ、さらにコッキング期は前期と後期に分けられます。
- 投球動作の開始からステップ足が最大挙上するまでの運動を指します。ステップ足を上げることで十分な「ため」をつくり、体幹を回旋させて投球に必要なエネルギーを蓄積します。肩関節や肘関節そのものに直接負担をかける動作ではありませんが、その後の投球動作を占ううえで非常に重要な時期です。下肢からのエネルギーをバランスよく体幹・上肢に伝達していくうえで重要な意味を持ち、体幹の安定性や股関節の角度、頭部の位置などをチェックしておく必要があります。具体的には、体幹が前方に傾いたり後方に傾いたりしていないかなどをチェックします。
- コッキング前期はステップ足(上げた足)が接地するまでで、ステップ足の股関節を先行させて投球方向への体重移動を行い、肩関節の内旋(肩を内側へ捻る動き)および前腕の回内運動(肘関節を内側へ捻る動き)が起こります。この時期は、ボールを持つ側の肩関節の角度や肘関節の高さ(位置)、反対側の腕の使い方、踏み出した足の位置などをチェックします。
- 投球側の上肢が最大外旋(肩が最大に外側へ捻った状態)してから、ボールを離すまでの時期であり、軸足の蹴り出しによって、下肢と体幹から上肢にエネルギーを伝達していきます。肩関節は、外転・外旋位(外側へ捻った状態)から急激な腕の前側への移動と内旋運動(内側へ捻った状態)が生じます。肘関節には、外反・外旋(外側へ捻った状態)方向へ加わる力が最大となり、その後に肘関節伸展筋力(肘を伸ばす力)が発揮されます。
- 投球側の上肢が最大外旋(肩が最大に外側へ捻った状態)してから、ボールを離すまでの時期であり、軸足の蹴り出しによって、下肢と体幹から上肢にエネルギーを伝達していきます。肩関節は、外転・外旋位(外側へ捻った状態)から急激な腕の前側への移動と内旋運動(内側へ捻った状態)が生じます。肘関節には、外反・外旋(外側へ捻った状態)方向へ加わる力が最大となり、その後に肘関節伸展筋力(肘を伸ばす力)が発揮されます。
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- 肩峰下滑液包炎:
コッキング前期からコッキング後期における肩関節の内旋位(内側へ捻った状態)から外旋位(外側へ捻った状態)への変化および挙上動作、加速期の急激な内旋によって、肩関節の肩峰下で摩擦が反復し、炎症を生じる障害です。 - インピンジメント症候群:
コッキング期に上腕骨が肩甲骨面よりも水平外転位(肘を後ろに引きすぎた状態)に位置することで、棘上筋や棘下筋が上腕骨頭と関節窩に挟み込まれる障害です。 - 上方関節唇損傷:
コッキング期から加速期の肩関節にかかる剪断力や、ボールリリース時の急激な減速運動によって上腕二頭筋長頭腱(腕の前面の力こぶをつくる筋肉)にストレスが生じ、構造上連続する上方の関節唇に損傷が起こる障害です。 - 野球肘:
投球動作によって生じた肘関節周囲の痛みの総称です。
(1)内側型
上腕骨小頭、橈骨頭部の離断性骨軟骨炎があります。これもコッキング後期から加速期にかけて肘関節を外側へ捻る動作の際に、上腕骨小頭部や橈骨頭部に圧迫・回旋ストレスがかかって発症します。肘関節の外側部の痛みが出現し、肘を伸ばせなくなる現象が出現することが症状のひとつです。この離断性骨軟骨縁炎は、重症になると骨片が離解して「関節ねずみ」になることがあり、早期の治療が必要です。
(2)外側型
上腕骨小頭、橈骨頭部の離断性骨軟骨炎があります。これもコッキング後期から加速期にかけて肘関節を外側へ捻る動作の際に、上腕骨小頭部や橈骨頭部に圧迫・回旋ストレスがかかって発症します。肘関節の外側部の痛みが出現し、肘を伸ばせなくなる現象が出現することが症状のひとつです。この離断性骨軟骨縁炎は、重症になると骨片が離解して「関節ねずみ」になることがあり、早期の治療が必要です。
(3)後方型
圧迫ストレスによって起こる肘関節肘頭部の離断性骨軟骨炎や、牽引ストレスによって起こる肘頭部骨端線離開が挙げられます。 - テニス肘:
テニスによって生じた肘の痛みの総称であり、外側型と内側型に分けられます。
(1)外側型(バックハンドテニス肘)
バックハンドストロークのインパクトの瞬間、手関節伸筋群(手首を甲の方向へ動かす筋肉)が付着する上腕骨の外側上顆に急激な伸張ストレスがかかった結果、伸筋群に微細損傷をきたして炎症症状を呈するもので、初心者に多い疾患です。外側上顆に痛みが出て、物を持ち上げたりするなどの日常生活にも支障をきたします。(2)内側型(フォアハンドテニス肘)
インパクトの際に手関節屈筋群の付着部である上腕骨の内側上顆に伸張ストレスがかかり、微細損傷をきたすものです。
- 肩峰下滑液包炎:
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- 教科書的には、肩関節・肘関節の炎症を抑えるためにノースローイング(投球中止)での安静が指導され、温熱療法や肩関節・肘関節周囲筋のストレッチ、弾性バンドなどによる筋力訓練が実施されます。その後、痛みの消失に合わせて投球動作を再開するといった経過での理学療法が一般的のようです。
- 教科書的なリハビリの経過で投球動作を再開した場合、再び同様の痛みを訴えるようなケースや、肩関節の痛みだけであった選手が肘の痛みも訴えるようなケースが多くみられます。投球動作は、下肢から始まる体重移動が、体幹から肩関節・肘関節・手関節へと連動する全身の運動であり、下肢や体幹の可動性の低下、筋力低下によってエネルギーの伝達がうまく行えず、結果的に肩関節や肘関節に過剰なストレスを生じさせ(いわゆる手投げと言われるような状態)、痛みを引き起こしているケースが多いようです。そのため、理学療法では、肩関節や肘関節の可動性や周囲筋の柔軟性、筋力のチェックだけではなく、下肢(特に股関節)の可動性や筋力、体幹や肩甲帯の状態も詳細に診ることが重要です。
また、実際に投球動作を行ってもらい、どの時期に肩や肘に痛みが発生しているのか投球フォームから分析することも非常に重要となります。
投球動作におけるチェックポイントを挙げると、ワインドアップ期においては、体幹のバランスや股関節の角度などをチェックします。体幹腹筋群(特に腹横筋など)の筋力低下や軸脚側の股関節の大殿筋の筋力低下があると、体幹が前方や後方に傾いたりしてバランスが安定しません。その後の動作の中でも重心移動がうまく行えず、結果的に肩や肘にストレスを生じさせます。
コッキング前期では、軸脚の股関節内旋運動の可動性が低下していると、骨盤が後傾(骨盤が後ろへ倒れた状態)したフォームになり、ステップ足へとスムーズに体重移動が行えない状態となります(いわゆる踏み込み足へ体重が乗ってこない状態です)。コッキング後期(トップポジション)では、股関節の可動性が低下すると、骨盤の投球方向への回旋が不足し、体幹も軸脚方向(非投球方向)へ傾斜して重心が軸脚方向に残った状態となることが多くなり、肩関節や肘関節が体幹より下がったフォームとなってしまいます。
また加速期においても、股関節や体幹の可動性、柔軟性に低下があるケースでは、骨盤や体幹の回旋が不足し、ステップ脚の股関節は外転・外旋位、膝関節は外側を向いた状態で、重心が外側へ偏移した(体が外側へ逃げるような)フォームになります。この状態では、下肢・体幹からのエネルギーを肩、肘関節に伝達することができず、ストレスを生じさせる結果となります。
このように、投球動作における回転や並進運動のエネルギーが効率的に上肢に伝達されるためには、下肢および体幹の支持性や可動性(柔軟性)に基づく運動性が不可欠であることから、上肢(肩・肘)だけでなく体幹・骨盤・下肢の運動についてもチェックし、リハビリによって改善させていく必要があります。
投球動作復帰までの道筋は痛みの程度によりますが、痛みが強いときは一定期間のノースローイングによる患部の安静が必要です。その際、肩関節や肘関節だけでなく、股関節や体幹、肩甲帯の柔軟性獲得や筋力強化を図ることが重要です。また、投球動作において問題のある箇所では、痛みのない範囲からシャドーピッチングなどでフォームチェックを繰り返すことも重要です。シャドーピッチングで痛みを伴わなくなれば、徐々にキャッチボールを開始することになります。
小児の投球動作における肩関節・肘関節の痛みは、下肢関節や体幹の柔軟性、支持性の低下、それらを原因とした投球フォームの崩れが原因で生じることが多いといえます。患部の一定期間の安静、肩関節・肘関節の柔軟性強化や弾性バンドなどによる筋力強化だけでは根本的な治療にはなりません。動きの中から全身の状態をチェックする必要がある障害だと考えられます。
コッキング後期はステップ足(上げた足)の接地以降の時期であり、肩関節は最大外旋位(肩を最大に外側へ捻った状態)を取ります。