遺伝子は変化する
- あなたの遺伝子は一生同じ?
動き回る遺伝子
- 「遺伝子の中に納まっている情報は生まれた時から死ぬまで不変ある」というのは○か×か?
答えは×である。遺伝子の発現を左右するのにDNAのメチル化というものがあるが、今回は動き回る遺伝子がコピー&ペーストを繰り返して遺伝子そのものを変化させていくお話をしたい。
ジャンク(がらくた)DNAの中に秘密が
- 元来遺伝子は生体のタンパク構造をコードする部分のみをさしており、30億対のDNAのわずか1.5-2%が生体のタンパク構造部分に関与している。では残りの約98%は一体何のなのか?
一般的にガラクタ遺伝子(ジャンクDNA)などと呼ばれDNAのなかでは市民権を失い日陰ものとしての地位しかないと思われていた。しかし最近この中にさまざまな機能があり注目を集めだした。
その一つは1983年にノーベル生理学・医学賞を受賞したマクリントックが発見したトウモロコシの遺伝子の中で「調節遺伝子」といわれる遺伝子がDNAの中で移動して特定の遺伝子の活性化や不活性化に関与するといったものだ。マクリントックが示したのは穂にまだらな色の種子をつけるとうもろこしだ。このトウモロコシの遺伝子は細胞の特定の遺伝子の発現がオン・オフになることでとなりあった細胞とは異なり「遺伝的モザイク」になるということだ。
動き回るDNAレトロトランスポゾン(コピー&ペースト)
- マクリントックはこのように「ジャンプして移動する遺伝子」をヒトの中にも見つけることができた。この遺伝子を「レトロトランスポゾン」といいRNAなどを利用してコピー&ペーストを繰り返して自分自身のコピーを遺伝子の様々な場所に入れ込んでいることがわかった。このような遺伝子改変は何の変化ももたらさない場合もあるが、タンパクの変異が起こりそれが役に立つ場合も害になることもあるようだ。この「レトロトランスポゾン」のコピー&ペーストはマウスで特に多く出現するのは脳であることも実験的に証明されているし、人間でもやはり肝臓や腎臓に比しやはり脳に著しく多発している。またマウスの実験では運動が「レトロトランスポゾン」のコピー&ペーストが多くなることも証明されている。これらのことから新しいことに対する経験や挑戦そしてなどが神経新生を引き越すことが知られておりこの「レトロトランスポゾン」のコピー&ペーストも同様な事柄で引きこされていると推測される。
一卵性双生児の遺伝子の変化
- この遺伝子は多くの致命的な疾患をもたらすことも知られている。その一つに女児におこる脳発達障害であるレット症候群と呼ばれるものがあるが、この疾患はこの遺伝子が原因であるとされている。また統合失調症の患者の前頭葉にもこの遺伝子の変化が多くあるという。
一卵性双生児に片方が健常者で片方が統合失調症であるということの説明がこのことでできる。つまりヒトは持って生まれた遺伝子とそこに環境因子が重なり遺伝的な変化をもたらしてくるということだ。つまり生まれも育ちもどちらもそのヒトの遺伝には大きな影響を及ぼすということだ。
変化する遺伝子の未来予想図(想像から)
- これらの変化は太古の昔進化の過程で遺伝子に侵入したウイルスの遺伝子を自分の遺伝子の中に自由に動けるように許した結果とみなされる。そうなるとなぜこのようなことを遺伝子が許したのであろうか。しかし我々の細胞自体の起源を考えれば答えは見つかりそうな気がする。数十億年前私たちの御先祖様は酸素のない海にすむメタン生成菌が酸素のある海にすむαプロバクテリアを貪食して共生することによって酸素を利用できる細菌が誕生したのだ。このことは飛躍的にエネルギー産生を多くして大いなる進化を可能にした。そして貪食されたαプロバクテリアはミトコンドリアという細胞内器官としてヒトを含む動物の細胞に残っている。しかしこのミトコンドリアは細胞が自然死を起こすアポトーシスに密接に関与している。つまり遺伝子におけるコピー&ペーストは生命の進化の過程のイベントには必要と遺伝子レベルで選択したのではないか。しかし進化には危険が伴い確率論的に良い遺伝が残される場合もあるが致命的な欠陥が残る場合もあるのではないか。元来世にいう天才といわれる家系には統合失調症やうつなどの精神疾患が多発することが知られている。「レトロトランスポゾン」による「神のさいころふり」は時として天才を生み出し、時として脳の崩壊を引き起こすのかもしれない。このようにこの文章を書いている間も私の「レトロトランスポゾン」はコピー&ペーストを繰り返しているのであろう。その結果はどこにたどりつくのであろうか?その答えは「感受性」と「感情」にあるのではないか。何がどうしたらどうなるかなどとは言えないが直観的に「感受性」と「感情」であると思う。元来脳に多い遺伝子の変化は脳に対する刺激の質と強さに関与することが推測される。人が言葉を他人に伝えるときに伝えられた方におこる変化はその方の持っている感受性、能力などとその瞬間までに積み重ねられてきた経験などで決定するであろう。そしてその結果として起こる感情が遺伝子の行く先を決定するのではないか。感情といっても悲しみ、喜びなどの一言で言い表されるものはないであろうが、多くはそれらの複合体として存在するであろう。もし近未来に様々な刺激(光、色、音楽、言葉、においなど)がその結果としておこる感情の行く末を決定することが証明されれば自分の脳を自分でデザインできる日も来るのではないだろうか。