過去・現在・未来の医療 漢方編

未来の医療漢方・耐性菌対策として

さあ現代は漢方の出番だ!! ~古くて新しい薬剤として~

何がおころうと医療は人類にとって普遍的なテーマであるし、未来も同じであろう。しかしその様は大きく変貌を遂げようとしている。古くて新しい医療である「漢方」について少し述べてみたい。

漢方

 

忘れられた漢方~感染症において~

古代より感染症は多くの死人をだす「伝染病」として恐れられていた。漢方単独では「伝染病」に対抗するにはあまりに無力であった。結核に対するストレプトマイシンは著効してから漢方は医療の隅に追いやられ、医師も漢方を使おうなどという発想自体が消えていたようだ。しかし近年ほとんどの抗生物質が効かない耐性菌の出現により感染症に対する攻略法を考え直す必要に迫られている。

耐性菌はどこでも細菌が抗生物質によって攻撃をうけることで遺伝子変異をおこして出現する。つまり耐性菌は現代医学の進歩によって生み出されたモンスターともいえる。

 

耐性菌の出現(細菌の逆襲)

2007年,米疾病対策センター(CDC)のクレベンス(Monina Klevens)らの研究チームの報告によると,MRSAによる死者の数は米国内で年間1万9000人に上り,HⅣ感染によるエイズの死者を上回るという。

1928年ペニシリン発見以来細菌と抗生物質のシーソーゲームが始まり近年抗生物質が全く効かない耐性菌が出現してきた。

 

バンコマイシン耐性菌

1959年メチシリンは耐性を獲得したグラム陽性菌の黄色ブドウ球菌、肺炎球菌に対して導入されたが2年後にはすぐにメチシリン耐性菌MRSAが出現した。

バンコマイシンは1958年に米食品薬品局(FDA)によって認可され,MRSAが出現するやいなやMRSA感染症治療の主役となった.

しかし,2002年にはバンコマイシンにも耐性を示すMRSAが医療現場に出現し始めた。

抗生物質の合成は抗生物質を作り出す菌より産生される。細菌は元来自分の種以外の細菌を排除するためにある種の抗生物質を作り出す。バンコマイシンを作りだした細菌は元来、遺伝子の中にバンコマイシン耐性遺伝子をもつ。この遺伝子が細菌らのネットワークを介して情報伝達することもありうるのだ。

 

カルバペネム耐性遺伝子

グラム陰性菌に対する抗生物質耐性の中ではカルバペネム系抗生物質だけは安全確実な,いわゆる「最後の切り札」として残っていた。しかし米国疾病対策予防センター(CDC)によれば感染症の中でカルバペネム耐性菌のグラム陰性菌の割合が2001年に比し2012年度は4倍に増えているとされた。

 

グラム陰性菌は見境がなく,菌どうしで相手かまわず簡単にDNAの一部を交換する。ゆえに例えばクレブシエラに生じた耐性遺伝子が,大腸菌やアシネトバクターなど他のグラム陰性菌に簡単に伝播する。一方,グラム陽性菌では,耐性遺伝子は同じ菌種内にとどまっていることが多い。

 

kampo「別冊日経サイエンス 感染症 新たな戦いに向けて」から

 

 

 

免疫系に働きかける漢方

 

漢方と感染症

漢方は2000年前より存在する「古代」の医療である。しかしその意味と効果は「西洋医療」の盲点をカバーしており、その意味では新しい医療・未来の医療の側面を十分持っている。漢方の古典書である「傷寒論」(しょうかんろん)では「ウイルス」「細菌」になどの微生物によっておこる感染症による治療法が記載されている。当時は細菌感染に対する「抗生物質」、インフルエンザにたいする「タミフル」などは存在せず薬草を原材料とする「漢方薬」でこれらの微生物に立ち向かっていった。

漢方の効果の機序は「抗生物質」などのように直接「細菌」などの微生物を死滅させるものではなく、本来我々の体に備わっている免疫を向上させる。では免疫とはいったいなんなのであるかを「風邪」を例に述べてみる。

 

風邪とは

風邪とは初期はほとんどがウイルス性の急性上気道感染症である。空気中の飛沫によって口もしくは鼻よりウイルスは体内に侵入する。まず人体の免疫の最前線は粘膜とウイルスとの戦いが始まる。この反応は「くしゃみ」「鼻汁」「咳」などの一般に知られている風邪の初期の反応である。内実は粘膜に感染したウイルスを血中に入れないようにする本当の最前線戦いである。この時点でウイルスに感染した粘膜細胞は破壊されそれを貪食した樹状細胞(マクロファージ)によってサイトカインと呼ばれる情報伝達物質が放出され、抗原の分析が始まり抗原を提示してTリンパ球はそれと結合してさらにサイトカインを放出する。これらが視床下部に働き体内の発熱を促す。

 

発熱の理由

通常我々の体温は36.5度前後であるが、実はこの温度は体内の様々な酵素活性にとって決して効果を発揮することはなく、車で言えば「アイドリング状態」である。微生物が体内に侵入すれば人体は危機レベルへの移行をするのは当然でそのためには体内の免疫関連の「白血球機能」「酵素活性」をあげる必要があるが、体温が38度を超えるとこれらの活性機能をあげることが知られている。つまり「体内に悪い奴がはいってきたぞー」ということで一斉に戦闘態勢になるのだ。またよく知られた事実であるがウイルスそのものも体温が37度を超えると「不活化」をし始める。

発熱によって活性化したマクロファージはさらに貪食した細胞から抗原をTリンパ球に対して提示する。Tリンパ球はさらにサイトカインを放出してBリンパ球を刺激し抗体を作りウイルスを駆逐する。

最初にウイルスが粘膜に取り付き抗体ができるまでが約1週間の時間を要する。この一連の反応を阻害する要因は解熱、低栄養、ストレスなどであり、これらが風邪を長引かせ更なる感染症を引き起こす。

 

西洋薬と漢方薬の違い

市販の風邪薬や病院で処方されるPL顆粒などは総合感冒薬と呼ばれているが、成分は風邪による発熱・鼻水、咳、痛みなどの症状を緩和させるものであり、そのため成分の中心になっているのは痛みどめ(解熱鎮痛薬)である。そのため免疫を上げようとする熱を下げるため、西洋薬を内服すると風邪が長引くのは統計的にも証明されている。その他の成分の抗ヒスタミン薬などがあるがどれもとっても免疫系に作用して良好な結果を期待できるものではない。

風邪の実態は先ほど述べているが免疫さえ正常に働けば、最悪1週間の経過で良くなる。その間免疫を正常に働かせることが大切である。しかし痛みどめなどの西洋薬の作用は治そうとする免疫をじゃましてしまう。

それに対して漢方は風邪に対して交感神経・副交感神経などの自律神経を介して作用する。

風邪の初期には葛根湯(かっこんとう)などの漢方を使うが、鼻水・くしゃみ・寒気などの副交感神経優位の症状対して針の振れを交感神経に触れさせ、体内の温度を上げ様々なサイトカインの遊走能をあげている。

さら風邪が治らない場合は、小柴胡湯、柴胡桂枝湯、補中益気湯などの柴胡剤によってリンパ球のBRM(biological response modifier)つまり免疫に応じてリンパ球の機能を上げ抗体産生につなげるのだ。

だとすれば西洋医学的治療で風邪に対して細菌感染が明らかな時期に「抗生物質」を使用する意味はあるが、ウイルスによる発熱などのある時期に解熱剤である「PL顆粒」、「総合感冒薬」の投与はせっかくの免疫を落とすばかりでなく副作用を引きおこしかねない。

 

賢い選択

いったん風邪などのウイルス疾患にかかれば薬などで治すと言おうことは考えずまずは自分の免疫をあげることを考えることであろう。昔から風邪を引いた時に「卵酒」で体を温めて布団をかぶって寝ると治ると言われているが、「ウイルス」に対する対処法としては「体を温める」そして「体力の温存」という点からは正解である。ウイルス感染の時期に限って言えば脱水を防ぎながら発熱させて免疫を上げることが大切である。そして痰などの細菌感染の所見が出てきたらすぐに適切な抗生剤の投与という順番となる。

 

 

細菌に対する漢方(桔梗という生薬)

先程のべたように免疫一般として麻黄・柴胡の効果は実証済みだが「細菌感染」が起こった時の漢方はどうであるか。当然抗生物質の投与はすべきであるが、効果的にしたり短期間で効果を上げるためまたは抗生物質が使えない場合などはどうするべであろうか。面白い生薬、桔梗がある。

 

桔梗とは

桔梗はさまざまな漢方に使われているが、どれも排膿作用を期待されている。柴胡剤がリンパ球に対する効果を持つとすれば、ウイルス性疾患や抗体産生が必要になった感染症に対しての効果を持つ。それに対してバクテリアに対する白血球の戦い後の膿の排泄は桔梗が受け持っている。古代の感染症に対して抗生物質がないため、排膿作用は優れた手段であったろう。それが扁桃炎、咽頭炎、肺炎、皮膚の感染症、膿瘍、などなどである。また古代の痛みや皮膚疾患がどれも程度の差があれバクテリアの関与があったことをうかがわせる。しかしそれは現在においてもしかりである。抗生物質の乱用・反乱によって事態は複雑さを増しているが、やはりそうなのである。

 

桔梗の入った漢方薬(エキス剤として)

桔梗湯 :扁桃炎

小柴胡湯加桔梗石膏 :こじれた扁桃炎の特効薬

十味敗毒湯:膿を持った皮膚疾患

排膿散及湯:膿瘍の膿の排泄

荊芥連翹湯:慢性鼻腔炎の排膿

防風通聖散:慢性の皮膚疾患を伴った高血圧・肥満に効果的

柴胡清肝湯:虚弱な小児のアレルギー疾患

五積散:体力が弱っているものの腰痛や慢性の疼痛

参蘇飲:強弱なものの風邪

清肺湯:慢性気管支炎

竹筎温胆湯:再発を繰り返す風邪

清上防風湯:ニキビなどの皮膚疾患

 

これだけ桔梗が使われているということは古代の疾患に細菌感染の関与が予想されていたということに他ならない。

 

PM2.5に対して

言わずと知れた中国より飛来する大気汚染物質である。PM2.5の呼び名の意味は粒子径2.5μmで50%の捕集効率を持つ分粒装置を透過する微粒子となっている。わかりやすく言えばかなり小さい空気中を漂う微粒子で吸えば喉や気管支・肺胞に付着して炎症を引き越す。

最近咳をされる方が多く来院される。それも内科で抗生剤やステロイドを投与されても治らないケースが多くが、その時点で私に相談してくる方が多くおられる。

抗生剤が効かなくて明らかに細菌感染でなく咳が止まらないとなればアレルギーを考慮すべきであるが、診察してみるとほとんどの方が津液不足である。つまり「喉の潤い」不足があるということである。このためPM2.5により炎症が喉にあってうまくこれらの微粒子を排泄できず「咳」をしてしまうのだ。

この場合漢方の選択は「喉の潤い」を改善するものであり、「喉の潤い不足」は「滋陰不足」と判断してその方向の漢方を選択する。代表格は麦門冬湯であるが、さらにこじれると滋陰至宝湯、滋陰降火湯などが適応になる。これらの漢方薬はPM2.5による症状を良く改善する。作用機序はPM2.5が喉に付着すると粘膜の繊毛がこれを排泄するが、この部分に潤いがないとこの排泄がうまくいかなくなる。そのため「咳」という手段でこれらを排泄しようと試みるのである。「咳」はエネルギー消費も大きく体に負担をかけるため厄介な代物である。これらを漢方を使って治ると皆さんは喜ぶのである。それも内科でもっと強い薬を使っても治らなかったのであるか………

 

マイクロバイオームについて

人間は自然界で独立した存在で他の生物の力を借りないで生きていると自負をしてきた。しかしこの自信がもろくもくづれようとしている。私たちの体は細胞は60兆個という数からなる。そのうち25兆個は赤血球にあたるため35兆個が体細胞とである。私たちの体の中に多くの細菌たちがいる。その数は数年前では腸内細菌で1000億くらいと言われていた。しかしそれが1兆になり10兆になり100兆のオーダーまでになっている。マイクロバイオームという概念はこの腸内細菌のみをさすのではなく、鼻腔、皮膚、膣などすべての臓器に細菌叢はあり、最近の文献によれば総数1000兆にもなると記されている。2010年欧州の研究機関が人の消化器の細菌叢の遺伝子を調べてみるとその総数は300-400万個であることがわかった。人の遺伝子は約2万2000個であるため細菌叢は約150-200倍の遺伝子数があることがわかった。その役目も多彩で人間の核酸合成に欠かせないビタミンB12の合成菌、炭水化物を消化のよい単糖類に分解する酵素をつくりだす菌、ネズミのエネルギー源となる短鎖脂肪酸を作り出す菌などなどである。これらの腸内細菌を含めて私たちの体は「超共生体」と呼ばれる組織体であると考えるべきであり、安易な抗生剤の投与はこの共生体のバランスを崩す恐ろしいアイテムである。風邪の初期や抗生剤を内服できない方には漢方は耐性菌の出現を防ぎ「超共生体」のバランスを保てる素晴らしい薬剤なのである。もう一度言う漢方は「古くて新しい薬剤」なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

参考文献

谷口克:免疫、その驚異のメカニズム、株式会社ウエッジ、東京、2000年

Jennifer Ackerman :究極のソーシャルネット、日経サイエンス2012年12月号(SCIENTIFIC AMERICAN日本版)原題名Ultimate Social Network(SCIENTIFI AMERICAN JUNE 2012) 日経サイエンス2012年12月号41-48、2012

服部正平:個人差を生むマイクロバイオーム、日経サイエンス2012年12月号:50-57,2012

香川靖男・四童子好廣:ゲノムビタミン学、株式会社建帛社、東京、2008年

坂東正造:漢方治療44の鉄則 山本巌先生に学ぶ病態と薬物の対応、メディカルユニコーン、京都市、2006年

花輪壽彦:漢方診療のレッスン、金原出版株式会社、東京、1997年

山田光胤・丁宗鉄:生薬ハンドブック、株式会社津村、東京、1984年

高山宏世:漢方常用処方解説(通称 赤本)、泰晋堂、東京、1988年

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