漢方療法

局所だけではなく身体全体を見渡した「根源的な治療」が可能に

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漢方とは

現代医学の弱点
現代医療の弱点は、局所にとらわれすぎてその人の全体像がつかみにくくなっている点にあると考えます。たとえとして「木を見て森を見ず」といわれることがあります。西洋医学的な観点は、体をパーツ別(臓器別)に考えることによって、その専門性を追求していき、疾患を治していこうとするものです。利点としては、専門性の追求によってそのパーツ(臓器)を良好に持っていくことはできるのですが、身体全体には良くないことが起こり、結果としてはデメリットのほうが大きいということが起こり得るのです。さらに追い討ちをかけているのが、お年寄りや食欲が落ちている方の低栄養状態です。低栄養状態とは、端的にいえば低アルブミン血症の状態を指します。低アルブミン血症は、血中のアルブミンと結びついていない遊離した薬剤を増やし、この状態が薬剤の副作用を増やすのです。つまり、高齢者にはでき得るかぎり薬剤の使用を避けることが、全身状態の改善に必要不可欠と考えます。
漢方の特徴
漢方は全身を相手にする学問です。臓器別の西洋医学に比べると、精神症状も含めて全身の関わりと協調を大切にして行うため、多くの症状に対して期待ができます。漢方のアプローチは、問診、血液検査、症状、触診、視診、舌疹など、人間のありとあらゆる感性を動員して行います。漢方的なアプローチとして、人間の身体を「気」「血」「水」の3つの要素に分け、その過不足を判断することによって治療していく考え方があります。

「気」は、その人の持つ「エネルギー」のようなものを指しており、別の見方をすれば身体の中を流れる様々な「伝達物質」ではないかと考えます。この中には、血液の成分そのものも含んでよいと考え、さらに脳内のシナプスの「神経伝達物資」、血液内の情報伝達を行う白血球サイトカインなども含まれると考えます。これらの「伝達物質」はすべてタンパクから合成されており、そういう意味で「気」の指標は、血液検査上のアルブミンというタンパクから見て取ることもできます。

次に「血」は、眼に見てとらえることができる、形あるものすべてを指します。例えば「筋肉」「皮膚」「内臓」「血液」などですが、これはやはり「人間の肉体そのもの」の存在を指していると考えます。そして「水」は、身体の中にある水そのものを指しており、その移動や過不足はむくみや脱水などの原因となります。

陰陽・虚実・表裏・寒熱から人体をとらえる
漢方的におもしろい考え方として、人体を2進法的にとらえる考え方があります。それは、陰陽・虚実・表裏・寒熱という4つの部分で2つの分類を行うということです(これを八網弁証といいます)。例えば、身体がやせているものを「虚」として、がっちりしているものを「実」とするようなものです。このように2進法的に分類して情報を整理し、漢方を選んでいくのです。これを栄養学的に考えると、ある栄養素(例えばビタミンB群であったり、タンパクなど)が足りているか足りていないか、というような2進法的な情報分類に近いものになると考えます。

これらの状態をとらえるのは、治療者の五感(見る、聞く、触る、匂う、味わう)であり、感性をとぎすまして患者さんと相対していきます。例えば「見る」については見た目の元気や肌の色艶などなど、そして「味わう」は漢方などを内服していただき、その味がおいしく感じるかなどです。「触る」は当院での治療手段である理学療法そのものにおいて、治療者の手の感覚に様々な情報が伝わってきます。他の五感についても、それを駆使して患者さんの情報を取り込んでいくことになります。

また血液検査は、当院の漢方、栄養療法に特徴的なものです。保健適応内での一般的な血液検査でも、判読できる情報として生命力(経時的なもの、根源的なもの)、もともと持っている抗酸化力(体内で常に発生する活性酸素の消去力)が強いか弱いか、潜在性の鉄不足(一般的な検査ではわかりにくい)、ビタミンB群(B1、B2、B3、B5、B6、B12、葉酸、ビオチン)の過不足、亜鉛(細胞分裂に必須)の過不足、体の中にある60兆個の細胞膜はリン脂質という油でできていますが、この膜が丈夫であるか否か、脱水があるかないか、タンパクの摂取は足りているかいないか、糖質の摂取が過剰になっているかいないか、性格的に強いか弱いかなどなどがあります。

このように当院の判読は、一般的な血液検査の判読とはまったく異なり、体内の細胞・分子レベルでの分析になって、漢方の陰陽・虚実・表裏・寒熱の判断材料や分子栄養学の判断材料となります。

 

漢方用語のご説明

瘀血(おけつ)

西洋医学的には、全身または局所の循環が悪いということになり、うっ血した血液がある状態を指しますが、西洋医学とは瘀血(循環障害)を見つける方法が大きく異なります。漢方的な見方をすれば、瘀血の所見は皮膚、舌の色や形態、そして四肢の冷えなどを指標とします。瘀血は単独で存在することはなく、血虚(貧血)、水毒(むくみ)などの全身性状態の異常と並存します。女性の生理との関連は密接で、生理によって失われる血液が瘀血を起こしているとも言えます。つまり、生理で失われる月60ccの血液の中に含まれる鉄、タンパクなどの成分が重要な要素なのです。鉄は血虚(貧血)を引き起こし、タンパクは血管の浸透圧を低下せるため、血管外に水分がしみ出て血液が濃縮され、末梢循環が悪くなります。生理がある間の女性は、ほぼすべてに瘀血が存在すると言っても過言ではありません(治療が必要であるかどうかは別問題です)。

一方、男性に瘀血がないかといえば、そうでもありません。男性も年齢を重ねるにしたがって貧血、低タンパク血症になりますし、がんなどの重篤な疾患を併発すると、体中いたるところに瘀血の存在が確認できます。

瘀血の状態やタイプによって使う漢方も大きく異なります。やせていて四肢の冷えが強い方は、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)が適応となりますが、このタイプの瘀血は、血虚(貧血)、と水毒(むくみ)を合併しています。当帰芍薬散タイプの瘀血に比べて、ややがっちり型で冷えも程度が比較的軽いタイプは、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)が適応となります。桂枝茯苓丸は瘀血の代表的な漢方で、瘀血を取り去る力はかなり強いのが特徴です。さらに瘀血が強い方は、桂枝茯苓丸加ヨク苡仁(けいしぶくりょうがんかよくいにん)がより効果的です。
また、便秘も瘀血の強い原因となるため、便秘がある方は大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)が適応となります。この漢方は右側腹部に圧痛があるときに良い適応となり、虫垂炎の特効薬としても知られています。さらに便秘が強く、「イライラ」などの精神症状を伴う場合は、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)が良い適応となります。

水毒

水毒とは、体の水分の偏在を表しています。つまり、あるべきところに水分があるのではなく、なくてもいいところに水分が移動する状態です。例えば皮下に出現した水毒は、四肢のむくみとして出現します。これが腸管内に出現した水毒の場合は下痢ということになります。頭蓋内に出現した水毒は吐き気、頭痛となります。元来、日本人は水毒になりやすい人種と言われています。西洋人に比べて肉や卵などのタンパクの摂取が少なく、食塩の摂取が多い、夏の梅雨などのじめじめした季節が長いなどの要因がそうさせているのかもしれません。水毒は表面に出てこなくても、多くの症状を修飾している可能性があります。長い経過の痛みやしびれは、水毒が体の中にあり、様々な障害を起こしていることがあります。

水毒の漢方は、五苓散(ごれいさん)が最もポピュラーで効果も大きく、四肢、腸管内、頭蓋内の痛みやむくみ、下痢を軽快させてくれます。小児科領域の冬の嘔吐・下痢は、この五苓散(ごれいさん)が下痢の改善と脱水防止の特効薬として使用されており、小児科の先生がご自分で座薬にして使用されているケースもあります。膀胱炎時の水毒の漢方は猪苓湯(ちょれいとう)です。この漢方は、膀胱炎や尿路結石の特効薬として知られており、慢性の膀胱炎・血尿の方であればぜひ試したい漢方薬です。

関節内に水毒が出現すると関節に水がたまる状態となり、整形外科にいくと注射されて水を抜かれます。このような場合は、防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)が著効します。当院での使用経験では、関節に水がたまった場合にこの漢方を使用すると、ほとんどの方が軽快しています。赤みを伴った関節の腫れには越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)が効きますし、リウマチなどの関節の腫れにも、この越婢加朮湯は著効する場合があります。

気虚

「気とは体をめぐる目に見えないもの」という漢方的な定義があります。あまりにも漠然として分かりにくい印象がありますが、当院なりの考えで定義し直すと、気とは血液内の様々な伝達物質であろうと思います。つまり、タンパクやアミノ酸からできているものですが、これらの元になるのは食事から入ってくる栄養素そのものです。
こう考えると「気」とは、「栄養状態」そのものを表しているといっても過言ではありません。その証拠として、四君子湯(しくんしとう)、六君子湯(りっくんしとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などの気虚の漢方薬は、消化管を整えて食欲をわかせるものです。つまり「気」の元になるものは消化吸収能力ということになります。
気虚の漢方の中で最も有名なのは補中益気湯ですが、これは別名「医王湯」と呼ばれます。この名前には「消化器機能こそが病気を治す王道である」という意味が込められており、消化機能を整え、心身の消耗を改善して治すということです。六君子湯や四君子湯は、補中益気湯に比べてさらに弱っている状態のときに使用する漢方であり、特に食欲という面では補中益気湯より優れた面があります。
血虚

血(けつ)が虚する、つまり西洋医学的に言えば、貧血とほぼ同義語のような印象を受けます。しかし貧血より多くの要素を含み、ただ単に血液の赤血球のみを対象としたものではなく、体全体の筋肉や髪の毛、皮膚に至るまで「血」としてとらえる概念です。したがって血虚の診断は、皮膚、髪の毛、爪、四肢の筋肉の状態に至るまでの「体全体の状態」が診断基準になります。血虚の漢方は、十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)、四物湯(しもつとう)などですが、これらががんなど消耗性疾患の全身状態を改善することは様々な分野で確かめられています。古来の血虚は、栄養状態の問題などで「死に至る」状態としてとらえていたのですが、現代の血虚は、がんだけではなく様々な分野でとらえられています。

例えば仕事のストレスが大きく休むひまのない方、自分の限界を超えた運動をしている方、特に小児の痛みは血虚由来のものが相当多くあります。疲れきっている方は、血虚としてとらえるのが適切ではないでしょうか。

腎虚

腎虚とは加齢によって、生体のさまざまな面で機能障害をおこしている状態を指します。
その状態はまず消化機能の障害によって、タンパクの吸収が悪くなり低たんぱく血症がおこります。血中のタンパク質は、血管内の膠質浸透圧の維持に働き水分を血管内に引き込むため、このタンパク質の低下は体全体のむくみにつながり痛みや。
これを漢方的には「水毒」と呼びます。また血管内は、相対的な循環不全を引き起こします。
これを漢方的には瘀血とよび、末梢の冷えやしびれなどの原因になります。

また全体的に栄養状態は悪くなり、低栄養状態となり漢方的には「血虚」となります。
また心機能も落ちており、これも循環不全の一因になります。
これらの機能低下を漢方的には、上記の改善生薬を使うことによって乗り越えようとします。
つまり古代の「アンチエイジング」と考えてもらってもいいでしょう。
その漢方は、八味地黄丸、牛車腎気丸、六味丸などになります。

 

疾患別の漢方療法

婦人科領域
漢方の得意とする分野のひとつに婦人科領域があります。漢方的な言い方をすれば「血の道」ということになりますが、この「血の道」という概念・疾患が、なぜ女性に特有なものなのでしょうか。これは生理の特性を考える必要があります。生理とは、28日周期で卵巣から出てきた卵が子宮に着床しないときに、子宮の内膜が血液とともに剥がれ落ちる現象をいいます。このときに喪失する血液が「血の道」を作っているといえ、喪失する血液量は約60ccです。この中に多くの大切な栄養素が含まれていますが、鉄とタンパク質はその代表です。鉄の代謝を考えると男性でも毎日1mgの鉄が消失するため、その補給をする必要があります。しかし、女性は生理の分を合わせると1日2mgの鉄の消失になります。これは男性の2倍に当たる量ですが、食物からの鉄の補給は、食べる量を考えると男性と同じ量すらも無理です。その結果、女性はほぼすべての方が鉄欠乏になってしまいます。次にタンパクですが、血中のタンパクの量はアルブミンといわれるタンパクで表されます。女性は生理から失われるタンパクがあり、食物からの補給も男性より少ないはずですから、その結果、血中のタンパクつまりアルブミンは男性より低くなります。元来、アルブミンは血管内の膠質浸透圧(血管に水分を引き込む)の役目を担っており、アルブミンの低下は血管内の水分の低下を引き起こします。

鉄欠乏から貧血や代謝の低下、そしてアルブミン低下から末梢の血管の血流低下が引き起こされ、女性特有の末梢の手足の冷えなどの所見が出てきます。「血の道」の症状や所見としては、「イライラ感」「めまい」「のぼせ」「子宮筋腫」「肩こり」「腰痛」など多彩です。適応漢方は、瘀血のケースとほぼ同じとなります。

関節通
膝・股関節・足・肩関節などの関節痛に対する考え方は、西洋医学とは少し違います。例えば膝痛で来院された場合、一般的な考え方では痛み止めを処方します。痛み止めとは膝痛の原因を治すということではなく、痛みの化学物質であるブラディキニンやプロスタグランディンを減らそうとするものです。しかし、このことが胃の粘膜、腎臓、肝臓の血流を阻害したり、気管支の収縮を起こして喘息の原因になったりします。漢方の考え方は、膝痛の原因が「関節の水」であれば防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)で水を減らしたり、膝の血流が阻害されていると判断すれば桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)などを処方し、冷えが原因のときには患部を温める葛根湯(かっこんとう)、薏苡仁湯(よくいにんとう)、桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)などの処方となります。痛みの原因となっている部分を良好な状態にするのは、圧倒的に漢方のほうがよいと考えます。
腰痛
腰痛の原因は様々で一口には言えませんが、関節痛と同じように痛み止めを使用するより、痛みの原因になっている部分を治そうとするものです。例えば大腰筋などの筋肉の硬さが原因の場合は、この筋肉の状態を良くするため、葛根湯、薏苡仁湯や芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)などを使用します。やはり、西洋医学に比べて根源的な部分を治しているといってもいいでしょう。
小児のスポーツ障害
小児のスポーツ障害に対しては理学療法が効果的なのですが、治りが悪く長期間にわたる場合、ほとんどのケースで血虚の状態があるといえます。この場合の漢方は、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などが良い適応になります。
高齢者の様々な訴え
年齢を重ねるということは、視力が落ち、腎臓、肝臓、心臓、脳などの機能が落ちて貧血になっていくということです。これを漢方的に言うと「腎虚」という状態です。「腎虚」の漢方は、八味地黄丸(はちみじおうがん)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)、六味丸(ろくみがん)ということになります。

当院での漢方の症例

漢方薬は主にエキス剤を使用しております。当院での漢方の症例いくつか述べたいと思います。

五苓散の症例
158cm 53kg,女性、38歳
腹力軟、舌 歯圧痕陽性
“朝の手のこわばり”この言葉の持つ意味は、医療関係者のみならず、今や一般的に意味するものは”リウマチ”であります。梅雨のじめじめした時にこられたAさんは38歳で、中肉中背、小学生と幼稚園児を子供に持つごく普通の主婦です。1月ほど前より両手の朝のこわばりと手のむくみがあると訴えてこられました。通常この訴えはリウマチの初期症状を考えざる得ないのですが、Aさん自身も友人たちのアドバイスもあり、私のところに来る前に内科で血液検査をしてリウマチ反応も炎症反応も出ていないこと確認しています。また私のところに来る前、別の整形外科を受診して、リウマチ反応はでていないけど、リウマチの可能性はあるということで、これらの症状に対して消炎鎮痛剤を投与されているようです。
しかし手のこわばりは良くなるどころかさらに悪くなったようです。
「先生、私の症状はリウマチですかそれとも別の悪い病気ですか?」
ととても不安そうに手を私の前に差し出し、尋ねてきます。この時点では私もリウマチを念頭に置きながら
「手のこわばり以外に膝とか肩の痛みはありませんか?」
とたずねてみます。
「いいえ別のところに痛みはありません」
そこで通常の漢方の診察にうつり、舌を見たときにそこには漢方でいう水毒による舌の腫大の為に舌の周りを囲む歯による舌の圧迫痕である、歯圧痕と呼ばれる”ギザギザ舌”がありました。
これを見たときにAさんのすべての経過が理解できました。
つまり梅雨時に湿気が多くなり、通常の不感蒸摂が低下して体の中に水分がたまりそれが手のむくみや舌の歯圧痕につながっているのです。
梅雨時や長雨が続いたときに体が重たくなり、疲れを多く感じたり、下痢で悩まされた方はおられないでしょうか。これはすべて湿気が体内にたまり手足に出た場合はむくみ、消化管内に出たときには下痢といった症状になるのです。
元来日本人は水気の多い人種とされており、人を表現するときに水にまつわるものも多くあります。たとえば”水のしたたるいい女”などです。
Aさんには、五苓散を1週間分処方して消炎鎮痛剤をやめていただきました。
3日後来院時には、幾分か手のむくみは軽減しており、1週間経過後には朝の手のこわばりは消失しています。同時にやや軟便傾向にあったものが正常になり、肩こり、頭痛も軽快したようです。その後さらに2週間処方して外来は終了しています。
桃核承気湯の症例
長年の帯状疱疹の後遺症に悩むKさん(仮名)は今年で78歳になります。
161cm 53kg
彼女は数年前より膝の痛みと帯状疱疹の後遺症による肩痛があり、他院より処方された坑うつ剤の内服にてどうにか日常生活を送っている状態です。
この帯状疱疹後神経痛とはとても厄介な病気です。
Kさんも肩にその異常知覚が残り坑うつ剤が投与されているのです。
元来やや神経質なところのあるKさんは肩の痛みの表現も
「重たい感じや、ややしびれたところがある・・・」
様々な表現をされます。
坑うつ剤を副作用の少ないものに変更したり、減量しようと何度も試みましたが、やはりその度に症状の増悪をみて断念をしています。
ある時、Kさんがご自分の便秘の話をされました。別の内科医院にてもらっている便秘薬は、あまり自分には合わないと言われます。
そこで、おなかをさわりますと、やせた体からは創造できないほど脂肪が多く、筋肉も多そうな印象でした。
桃核承気湯の適応は、左の下腹部に触っただけで飛び上がるように痛い小腹急結といわれる圧痛点があるのが特徴です。
彼女はそれほど強い圧痛があるわけではないのですが、瘀血として判断し、かなりひどい便秘に悩まれていたため、桃核承気湯を1日2包処方しました。下痢をしたならやめるように指示して1週間が過ぎて、Kさんが来院されました。
「先生どうしてもっと早くあの薬を処方してくれなかったのですか?こんなに効いて体がすっきりしたことはありません。」
私として何が効いてどうして体がすっきりしたか判らず
「Kさん、いったい何が効いたのですか」
「あの漢方薬ですよ、あれを飲んでからの便の出方は今までと全く違います。なにか体がすっきりするというか、何しろとても効くのです。これからもいただけるのでしょうか」
今後の処方のことを聞き少々不安げな表情をされた時には、一体、なぜ便秘ごときが治っただけでこんなに大げさに喜ぶのだろうと不思議な感覚にとらわれましたが、
「当然これからも処方できますよ。それは良かったですね!」
との会話にてその場の診察を終了しました。
よくよく考えてみると桃核承気湯は元来瘀血を取り去る最も強力な漢方であるばかりか、含まれている生薬のためすぐれた精神安定化作用(坑不安作用)があることが知られています。
「ははーなるほどこれが桃核承気湯の精神作用か」
などと思いつつ数ヶ月が過ぎました。
Kさんが診察にこられて、
「先生、最近肩の調子がよくて、坑うつ剤を少しずつ減らしていて、もう飲まなくてもよいみたいなんですが、今回の処方からいりません。」
と言われました。数年前より当院外来にこられているKさんに対して当院より処方している薬剤や処置で変化があるものといえば、桃核承気湯だけです。
「もしかして桃核承気湯が効いたのではないでしょうか」
「私もそう思います。まだ少し痛みは残っているのですが、あまり気にならなくなっていますし、坑うつ剤は飲んでも飲まなくてもあまり変わらないのです。」
その日以来坑うつ剤の処方はなくなり、肩の訴えはなくなっています。
桃核承気湯の処方は現在では1日3包に増えています。
これ以外でも桃核承気湯による便秘の改善と精神安定化作用がみられる方は多くおられ、当院での薬のみの処方でのリピーターの中でも上位を占めています。
黄連解毒湯の症例
患者さんは72歳男性のKさん(仮名)
175cm、80kg
半年ほど前より全身に湿疹ができて痒くなってきて、近くの皮膚科を受診したが一向によくならない。
ステロイドの内服から始まりこれを1~2週間ほど内服。
かゆみが無くなってきたら、坑ヒスタミン薬と坑アレルギー薬の併用となったが、かゆみは再発。その繰り返しで現在に至っている。
「Kさん、ステロイドの副作用は知っていますか? ステロイドは少量でも骨粗鬆症や骨壊死を起こし全身の免疫力を落としますよ」
と説明しましたが、やはり皮膚科からは全くステロイドの副作用は知らされていませんでした。
驚いたり落胆したりしているKさんを前にして、私は皮膚科ではないし、こんなにこじれた湿疹であればもっと別の専門医がいいと判断して、九州医療センターに紹介状を書きました。
1週間後にしか受診できないとのことで、まあつなぎに黄連解毒湯でもだしておくか・・・くらいの軽い気持ちで処方しました。
1週間後の朝、Kさんから電話がありました。
「先生相談があるんですけど」との切り出しで受診した相手と上手くいかなかったのかな?と思い
「どうしましたか」
と問いただすと
「先生、医療センターは受診しないといけませんか」
「都合でもわるいのですか」
「そうじゃなくてもう痒くないです。」
「えっ、もう痒くない。それはどうしたんですかね?」
この時点で自分が黄連解毒湯を処方したことはすっかり忘れていました。
「先生の出した薬が効いているような気がします」この時点で自分の処方が功を奏して湿疹が治ったことに気がつきました。
私は自分の”ほほ”が緩んでくるのを感じながら半ば笑いながら「痒くもない、湿疹もない状態で病院にいっても相手に失礼ですし、まずは私のところに来てください」。
まさか黄連解毒湯が効いて皮膚科でも治らなかった湿疹を私が治せるなんて…。
このとき以来、私は黄連解毒湯でどれほど自信を持ってかゆみや湿疹の方に処方して治したことか数え切れないほどです。

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